高野町へUターンされた大橋さん
▼大橋 奈美(おおはし なみ)さん
Uターンした経緯
私は高野町で生まれ育ち、進学を機に故郷を離れ、その後結婚してからは、夫の実家のある熊野町に住んでいました。
普段は熊野町で生活していましたが、休日のたびに、みんなで私の実家である高野町に帰り、畑や田んぼを手伝うなどしていました。
そうした暮らしを続ける中で、私自身いつかは高野町へ帰って暮らしたいという思いが強くなっていきました。
ある時、そのことを夫に話すると「よし、帰ろう」をすぐ賛成してくれました。その後、夫のお父さんお母さんも賛成してくれたので、高野町で暮らすことに決まりました。
高野町にUターンすることが決まった後、引っ越し先の家を探し始めましたが、最初はなかなか良い物件を見つけることができませんでした。諦めかけていたところ、夫がインターネットで「たかの移住サイト」を見つけ、すぐに連絡をとってみると、実家の隣に良い物件を見つけることができました。
引っ越すにあたり、その物件には家具などが残っていましたが、地域の皆さんがたくさん片付けに来てくださり、スムーズに引っ越しを行うことができました。
高野町での暮らし
子供を外で遊ばせても、地域の皆さんが見守ってくださっているので心配することなく、自然豊かな環境でのびのびと過ごしています。
夫も高野の会社に就職し、皆さんに良くしていただいています。休みの日には、農作業をしたり、地域の行事の手伝いに参加させてもらったりと充実しているみたいです。
高野町の好きなところ
私が思う高野の良いところは人と人の繋がりが強く、皆さん温かく受け入れてくださるところです。
自分の子どもたちが私たちと同じように「高野町っていいところだよね」と、いつまでも感じ続けてもらえるような場所であってほしいと思います。

Uターンした経緯
私は高野町で生まれ育ち、進学を機に故郷を離れ、その後結婚してからは、夫の実家のある熊野町に住んでいました。
普段は熊野町で生活していましたが、休日のたびに、みんなで私の実家である高野町に帰り、畑や田んぼを手伝うなどしていました。
そうした暮らしを続ける中で、私自身いつかは高野町へ帰って暮らしたいという思いが強くなっていきました。
ある時、そのことを夫に話すると「よし、帰ろう」をすぐ賛成してくれました。その後、夫のお父さんお母さんも賛成してくれたので、高野町で暮らすことに決まりました。
高野町にUターンすることが決まった後、引っ越し先の家を探し始めましたが、最初はなかなか良い物件を見つけることができませんでした。諦めかけていたところ、夫がインターネットで「たかの移住サイト」を見つけ、すぐに連絡をとってみると、実家の隣に良い物件を見つけることができました。
引っ越すにあたり、その物件には家具などが残っていましたが、地域の皆さんがたくさん片付けに来てくださり、スムーズに引っ越しを行うことができました。
高野町での暮らし
子供を外で遊ばせても、地域の皆さんが見守ってくださっているので心配することなく、自然豊かな環境でのびのびと過ごしています。
夫も高野の会社に就職し、皆さんに良くしていただいています。休みの日には、農作業をしたり、地域の行事の手伝いに参加させてもらったりと充実しているみたいです。
高野町の好きなところ
私が思う高野の良いところは人と人の繋がりが強く、皆さん温かく受け入れてくださるところです。
自分の子どもたちが私たちと同じように「高野町っていいところだよね」と、いつまでも感じ続けてもらえるような場所であってほしいと思います。
※「用語解説」のご連絡については、ウェブリオまでお問い合わせください。
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企画調整係:関係機関への要望、広域行政、統計など
電話:0824-73-1209
関係人口創出係:関係人口の創出、転入定住、空き家バンク、地域おこし協力隊、庄原市ふるさと応援寄附金など
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