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移住者インタビュー

移住者インタビュー


自分が暮らす場所に愛着を持ち、そこでちょっぴり役に立ちたい、将来に向けて何かしたい、そんな事を考えている人たちをご紹介します。


吉岡3.jpg福元さん写真菱さん写真松本さん写真伊藤さん写真前田さん写真中村さん写真手島さん写真上田さん写真

吉岡香辛料研究所 吉岡紘さん

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「今は忙しいけど楽しいです。当然リスクはありますけど、好きなことをやって、好きな生活ができれば一番面白いと思うんですよ。」そう語る吉岡さんは、東城町で「トウガラシ」と日々向き合っている。

大学進学を機に故郷の東城町を離れ、7年間の医療法人勤務を経て妻の美歩さんとともに帰郷。休耕田になっていた祖母の畑に何かを植えようと考えていたとき、偶然見かけ購入したのが激辛唐辛子として有名なハバネロ。「たまたま植えたらうまくできたんです。それを友人に食べさせて、反応を見るのが楽しくて」と笑顔で話す吉岡さん。それがエスカレートして様々な品種を植え、加工・販売まで一人で手がけ、「吉岡香辛料研究所」として様々な場所や着想で積極的にプロモーションを行っている。

「自分を見て挑戦する人が続いてほしい」と話す吉岡さんが目指すのは、自身が先ず成功事例となって、この町に移り住みチャレンジする人が現れること。今の生業に至ったのも、"子どもたちの世代に生活ができる環境を残したい"との強い想いからだそう。都市部に比べて不便に感じることも当然ある。しかしそれ以上に、自身のライフスタイルを貫くには最適の環境がそこにあった。「好きなことをやってそれで食べられることが証明できれば、それに続く人が出てくるはず。」吉岡さんの決意は固い。

好きが高じて始めた唐辛子づくり。そこに込められた家族やこの町への想い。吉岡さんが起こす余波でこの町はひと味もふた味も違う刺激的な町に変わりつつある。

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ふくふく牧場 福元紀生さん

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「自然の中で、未来につながる仕事がしたい」という思いから、福島県いわき市で牧場を経営していた福元さん夫妻。しかし東日本大震災と原発事故により、福島を離れることに。ジャージー牛と羊、鶏、そして犬と共に広島県三次市へ避難し、住まいと牛の放牧地を探していたところ、縁あって庄原市口和町を紹介される。事故の被災地からの移住とあって、動物を連れての引っ越しに地元の理解が得られるのか...そんな心配もあったが、自治会役員の人たちが事前に地域に説明を行うなど、福元さんたちが安心して暮らせるようフォローしてくれた。以前の暮らしを取り戻す道のりは遠いが、口和の人たちの気持ちに触れることで、この地に未来への希望を感じることができたことが、移住の決め手となった。

福元さんが実践するのは、牛を放牧して育てる自然循環型の酪農だ。野山を走る牛たちは、避難生活のころとは表情も毛並みのツヤも違うという。放牧には広い土地が必要となるため、飼える牛の頭数は限られる。頭数が少なければ、牛乳の量や味を安定させるのも大変だ。また、放牧で足りないえさは農薬や化学肥料を使わずに自ら牧草を育て、刈り取って与えている。これだけの手間をかけてもこのやり方を貫く理由は、安心して口にできる乳製品をつくり、自然環境に負担をかけない酪農を実践したいから。

保存料や乳化剤を使わない無添加のチーズを提供するチーズ工房も、そんな毎日から生まれた。「環境保護や食と命について考える場も作りたい」と語る福元さん。「土地に負担をかけない暮らしのために、小型水力発電や森の手入れを学んで実践したい」とも。自然と向き合う暮らしは大変なこともたくさんあるが、夢はまだまだ大きく膨らんでいる。

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暮らし宿お古 菱千尋さん

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庄原市街地から車で約20分の山里。鳥のさえずり、川のせせらぎの優しい音が鳴り響く中、木々がいつの間にか作った葉っぱのトンネルを抜けると菱さん家族が暮らす一軒家がある。築100年の古民家は、かつて千尋さんの祖父母が暮らしていた。

千尋さんがこの地に想いを馳せたのは、東京で暮らしていた時。「もしこの便利なライフラインが止まったらどうなるだろう。都会の中でふと立ち止まって考えてみた時、田舎にはとても強い"暮らす力"が宿っていると思ったのです。子どもの頃に遊びに行っていた祖父母の家を、誰もが田舎暮らしを体験できる宿にできたらと移住を決めました」。

便利すぎる暮らしに疑問を持ち、幼少期に祖父母宅で体験したことが大人になった千尋さんの心を動かした。しかし、実際は田舎暮らしの経験がなく、宿=経営だと認識していた部分もあったと振り返る。待ち受けていたのは、草刈り、薪割り、風呂焚き...などくたくたになるまで働く毎日。地に足をつけた田舎での暮らし方をするには、やらなければならないことがたくさん。夫の亮一さんと出会い、家族がひとり、ふたりと増えるごとに、それら一つひとつの大切さを実感し、丁寧に実行するようになった。自分たちの暮らしを確立してきたからこそ、ここには田舎暮らしを体験したい人が全国から訪れるのだ。

「まだ知らない暮らしの知恵をもっと知りたい。10年後、20年後の自分たちが楽しみ」と千尋さん。そんな両親のもとでしなやかに、たくましく育つふたりの子どもたち。子どもたちにとって遊びと暮らしは常に隣り合わせ。野菜の収穫、薪運び、火おこし、どれも遊びの中で生きるための力を養っている。

菱さん写真5
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カフェモルモルオーナー兼プロダクトデザイナー 伊藤めぐみさん

伊藤さん写真3

「15歳の頃に飛び出した田舎をこんなにも好きになれたのは、温かく迎え入れてくれたこの町があったから」。

穏やかな笑顔でそう話すのは、庄原市で『カフェモルモル』を営む西城町出身の伊藤さん。とにかく都会に出たかったと高校入学を機に祖母が暮らす大阪へ。関西の高校、大学を経て、木工デザインを学ぶためスウェーデンの大学院へ留学。卒業後もスウェーデンに残りアーティストとしての活動を続けていた。

2013年、28歳のときに帰国し、生活拠点を整えるために一旦、故郷の庄原市へ。伊藤さんが留学中に住んでいた場所は田舎町。「13年ぶりに戻った故郷の景色は、スウェーデンの田園風景とリンクするものがありました。何もないからと一度はキライになった庄原を好きになり始めてたんですよね。自然に囲まれてのんびりと暮らし、田舎から発信するのもアリかなと思いました」。

プロダクトデザイナーとしての活動を続けながら、いろんな人が集まれる場所を作ろうとカフェをオープン。「庄原は、とりあえずやってみよう!が叶う町だと思います。空き家物件も多いですし、家賃も安い。飲食店をするなら競合店もなく、美味しい野菜もたくさんあります。何より、新しいものを受け入れてくれる地域の人々の温かさがありました」と伊藤さん。

庄原市の魅力は豊かな自然と人の温かさ。県外や海外での暮らしを経験したからこそ、気づくことができたふたつの宝物。伊藤さんはきっと、もっとこの町を好きになっていくのだろう。

伊藤さん写真4
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まえだ農園代表 前田賢治さん

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見渡す限り広がる田園風景の中に、太陽の光でキラキラと輝く7棟のビニールハウス。庄原市の北部、高野町在住の前田さんが脱サラして始めたトマト農場だ。

会社員時代、三次市への転勤を機に、結婚して間もなかった妻の智永さんと広島市内から高野町へUターン。忙しい毎日に追われながらも地元で農家を営む同級生たちと集う時間を持ち、そこで聞く「ものづくり=農業」の話題は前田さんの農業への想いを強くするばかり。休日を利用して農業研修に参加するなど下準備を進め、2014年3月末で19年間勤めた会社を退社。翌日の4月1日から農家としての一歩を踏み出した。

「人生は一回きり、自分が思った道を進もうと。何よりも農業にふさわしい恵まれた環境が目の前にありました。幸いにも国や市の補助金を受けられたことも追い風に。市役所や農協をはじめ、地元の人たちの協力もあり、とても心強かったです」と前田さん。

そんな夫妻のもとには愛する子どもたちが3人。「『これ食べられるんよ』と山野草を採ってきたり、自然の中を走り回ったりしている姿を見ると、庄原市で子育てをして良かったなと思います。地域の子どもを町のみんなで見守る昔ながらの温かさがあるんですよね」と智永さんも田舎暮らしを満喫中。日々新しい発見を持ち帰る子どもたちの側にいつもいられる環境こそが、前田家のしあわせ。暮らしの中に仕事があり、教育がある。家族との暮らしを重視するかけがえのない時間が今日も前田家には流れている。

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会社員 松本晋太さん

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「車で移住先を探している時に、ここだ!と思ったのが庄原でした」と庄原市の西部、三次市との境に位置する口和町で暮らす松本さん一家。庄原市に親族がいるわけでもなければ、転勤でこの地を訪れたわけでもない。

口和町に無縁だった松本さんがここで暮らすことになったきっかけ、それはまずこの風景を気に入ったこと。「長女が生まれたときは神奈川県に住んでいましたが、自分たちのことはできるだけ自分たちでする、そんな【地に足の着いた暮らし】をしたいと考えていました。

それが可能な田舎暮らしをするため、千葉県の外房へ移住をしました」。そこで松本さんが経験したのは東日本大震災。「また起こるかもしれない地震への不安を抱えながら、その一方で東北へボランティアに通ううちに〝ふるさと〞を意識するようになり、出身地である広島県への移住を考えるようになりました」と松本さん。

そこで次に暮らす場所を自らの目で見て探そうと、休日を利用して広島県内をドライブ。その際訪れた庄原市の雄大な山と広い空に囲まれた風景は、夫妻が思い描く景色そのものだった。

移住を決意した後は、千葉県に住みながらインターネットで再就職先を探し、見事採用。移住後も会社員として働いている。

「家探しなどを親身になって協力してくださった口和町の人たちの優しさに触れるなかで、風景だけでなく人の温かさを含めて口和という地域に魅かれ、この地域の一員になりたいと思いました。今度は僕たちが移住のお手伝いをしてこの町に恩返しをしたいです」。

自分で見つけた住みかで子どもたちに囲まれてイキイキと里山暮らしを送っている。

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P-SPACE 代表 中村遊さん

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『日本全国どこにいても、仕事はできる』。近年、注目を集めるワークスタイル。「どこで」ではなく「何を」するかに重点を置き、ふさわしい場所で仕事をしようという流れがある。

約15年前にこの考えに辿り着き、庄原市でソフトウェア開発をスタートさせ、日本全国に発信しているシステムエンジニアがこの町にも。中村さんは、福岡県の大学院を卒業後、東京の大手IT関連企業に就職。成し遂げたい仕事、やりがいのある仕事を追求する中で独立を考えるようになり、庄原市へUターン。「この仕事ならインターネットさえあれば、どこでもできる。当時、地元の庄原市は東京と比べるとIT関連の設備は2~3年遅れていて。だけど、その一方で高齢化社会の最先端を走っている。この状況をチャンスだと思ったんです」。

独立してからは、地域の人々にパソコンに馴染みを持ってもらおうとパソコン教室を開設。教室以外に、地元高校の臨時講師をしながら、牛の競りを分析するソフトや学校の成績表を管理するソフトなど地域に密着したソフトの開発に携わってきた中村さん。現在は、日本各地の教育委員会から依頼を受けて構築するソフトウェアの開発と運営を行っている。

仕事場は実家の敷地内に構えた個人事務所。デスクの横には愛犬のジョアが寝そべり、どんな時でも温かく見守ってくれる両親の姿もすぐそばに。そんな、幼い頃当たり前だった光景も、一度都会に出たことでとても愛おしく思える光景になっているのだ。

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まなびやcafe 手島亜希さん

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廃校となった小さな小学校を整備し、そこで「まなびやcafe」を営む手島亜希さん。環境造形デザインなどを手掛けていた夫・秀作さんが、アトリエを兼ねた広い住居を探していた時に出会った物件で、当時の定住推進担当の職員が親身になって対応してくれたことが決め手となり、大阪から移住してきた。

もともと田舎暮らしを望んでいた手島さんは「小学校に住むなんておもしろそう!」と移住に抵抗は無かった。それでも友人知人の全くいない土地へ飛び込んでいくのは心細いもの。「地域の職場で働いたり、町の消防団や集会に参加したり、自分から積極的に人の輪に入っていくことで、地元の人とのつながりを広げました」と語る。子どもが生まれ、地域のママたちとの交流も広がる中、カフェをオープンしてからはママ友たちと手作り市やフリーマーケットなどのイベントを開催し、町を盛り上げる活動に携わっている。

「木や花、鳥や虫に囲まれて暮らすのは最高に贅沢。確かに学校や店が遠かったり、降雪量が多いなど不便もありますが、自然の中での生活はそれを上回るほどの感動が味わえます。子どもたちも順調に野生児に育っていますし(笑)」と語る手島さん。「いつか子どもたちが庄原を出ていくことになっても、生まれ育ったこの町のことはずっと好きでいてほしい」。この地を故郷として成長していく子どもたちと一緒にここでの暮らしを楽しみたい、そう思いながら毎日を過ごしている。

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上田千絵さん

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口和町へ2015年に移住してきた千絵さん。結婚、出産、子育てといった人生の大切な節目をこの町で経験した。「人情味あふれる人たちばかりで、わからないことは教えてくれるし、お裾分けも頻繁にしてくれるのでありがたい。息子の成長も孫のように見守ってくれています」と地域の方と交流を深め、すでに里山での生活をしっかりと送っている。

大学在学中に発生した2011年の東日本大震災と福島県の原発事故以降、改めて衣食住に目を向け、暮らしの本質を見つめ直したいと考えるようになり移住を決意。2012年に福島県いわき市から口和町へ移住した福元さんが営む「ふくふく牧場」の再建を夫の英馬さんが手伝ったことがきっかけで口和町の魅力を知り、移住先に決めた。

住居は口和自治振興区の地域マネージャーがサポート。「定住前の相談で不安も解消されました」と英馬さん。移住後、2人のために地域の人たちが盛大な結婚式を行って話題に。2人の門出を祝福しようと沿道には300人もの町民が集まったそう。晴れ姿は庄原市の広報紙の表紙も飾った。「消防団の余興などとても楽しく温かい結婚式をしていただきました」と笑顔で話す。

千絵さんは現在、周くんの子育ての合間に染織を行っている。緑豊かな口和町に住むなら、畑で綿花を育て、植物で染色し、からだに優しい布製品を作りたいと思い大学院を卒業後、倉敷で染織を学んだ。「まずは家族が着る服から作っていきます」とスタートしたばかり。将来は土間をギャラリーにして、布製品や英馬さんが畑で作った無農薬大豆の加工品を販売するそう。ギャラリー完成の日が今から待ち遠しい。

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※「用語解説」のご連絡については、ウェブリオまでお問い合わせください。

自治定住課
お問い合わせ
自治振興係:住民自治の推進、コミュニティ振興、地縁団体、自治振興区、集会所の整備など
電話:0824-73-1209
メール:jichi@city.shobara.lg.jp

定住推進係:転入定住施策など
電話:0824-73-1257
メール:teiju@city.shobara.lg.jp